ビルマとの出会い ー 檜垣裕美

 

ビルマまたはミャンマーと聞くと、
みなさんは何を思い浮かべるだろうか?
ビルマの竪琴、アウンサンスーチー、
ロヒンギャ問題?

 

もう亡くなってしまったが、
母方の祖父から子供のころ
ビルマの話をよく聞いていた。
祖父は第二次世界大戦中に
ビルマに派遣され
インパール作戦に参加したが
幸運にも生還した。
祖父は戦地での厳しい状況だけではなく
ビルマの人の話もしてくれた。
戦争で行っていたにもかかわらず
親切にしてもらっていたこと、
ごはんをごちそうしてもらっていたこと、
ビルマ語を教えてもらっていたこと…。

 

そんなわけで子供のころは
ビルマのことに興味を抱いていたものの、
ビルマ語を勉強することになるとは
思ってもいなかった。

 

その状況が変わったのは
高校生のときのことである。
将来の職業として
日本語教師に興味を持つようになり、
日本語を教えるためには
自分も外国語を学んだほうが
学習者の立場が良くわかって
いいだろうと考えた。

 

一番身近な外国語は英語だったが、
英語は大学ではなくても勉強できると思い、
どうせ勉強するなら大学でしか勉強できない
言語を学ぶことにした。
そしてわたしにとって
英語の次に身近な言語だった
ビルマ語を勉強することにした。

 

いまもそうだが当時から
何故かマイナーなものに惹かれる
傾向があったように思う。

 

大学でビルマ語を専攻し在学中には
ヤンゴン外国語大学に1年間留学した。
もう20年近く前のことなので、
ミャンマーの状況も
いまとはかなり違っていた。

 

次回はミャンマー留学中のことについての
話をしてみたいと思う。

 


檜垣裕美Instagram

 


▼アンサーfromながい


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