今回は「機会費用」のお話。       父ちゃんがなにやらホクホク顔で 会社から帰ってきた。 右手にはプラモデル屋の紙袋。 激レアなブツを発見したらしい。 父はプラモデルオタクなのだ。     それを発見した母。 ホクホクな父に、母も嬉しそう。     「いいもの見つけたのね。みせてみせて!」   「うむ!これは〇〇社で出していた、 19△△年限定のレア物で・・・」     ふと母の顔をみると、 さっきまで仏様のようだった表情が 若干、鬼のように・・・。 彼女の目の先にはプライスシール。     「何割引だったの?」   「え?」   「これ、何割引だったの?」   「いや、セールはしてなくて・・・」   「私、新しい服欲しいって言ったわよね」   「え?え?」   「返してきなさい」   「え?」   「カエシテキナサイ」     とんでもない殺気を放つ母。     慌てて店に猛ダッシュする父なのでした。     おしまい。         さて、このとき 彼女はなにに怒ったのかというと、 プラモデル自体ではなく、 父がプラモデルを買ったことにより、 家計が圧迫され、 自分の服を買う余裕がなくなったこと。     あっちをやれば、 こっちができない問題を、 「トレードオフ」と言いましたが、     「機会費用」とは トレードオフの関係において、 ある選択をしたときに、 選ばなかったほうから得られたであろう 価値や満足のこと。     家計を握る母の満足は プラモデル < 自分の服 なのでこの選択に怒り狂うわけです。 機会費用がでかすぎるから。     父にとっては、   鬼と化した母は プラモデルで得られる満足より ずっと機会費用が大きいので、 返品しにダッシュ。   というわけです。     書きながら思ったのですが、 女の人が怒る原因って、 だいたいが機会費用に絡むことな気がします。     あー恐い。     以上、 「機会費用」のお話でした。     賢い読者の皆さんは 「父ちゃんは自分の小遣いで買ったのでは?」 と思ったことでしょう。 母ちゃん関係なくない?と。     しかしながら、 多くの女性はこう考えています。   「そんな小遣いがあるなら、 私に服を買うべき」   いつのまにか、 彼女の問題になってるわけですね。     俺のものは俺のもの。 おまえのものも、俺のもの。     まさにジャイアニズム。 これは経済学で説明できるのか。     あー恐い、恐い。            

111zemi

なんで母ちゃんは怒るのか。

 

今回は「機会費用」のお話。

 

 

 

父ちゃんがなにやらホクホク顔で

会社から帰ってきた。

右手にはプラモデル屋の紙袋。

激レアなブツを発見したらしい。

父はプラモデルオタクなのだ。

 

 

それを発見した母。

ホクホクな父に、母も嬉しそう。

 

 

「いいもの見つけたのね。みせてみせて!」

 

「うむ!これは〇〇社で出していた、

19△△年限定のレア物で・・・」

 

 

ふと母の顔をみると、

さっきまで仏様のようだった表情が

若干、鬼のように・・・。

彼女の目の先にはプライスシール。

 

 

「何割引だったの?」

 

「え?」

 

「これ、何割引だったの?」

 

「いや、セールはしてなくて・・・」

 

「私、新しい服欲しいって言ったわよね」

 

「え?え?」

 

「返してきなさい」

 

「え?」

 

「カエシテキナサイ」

 

 

とんでもない殺気を放つ母。

 

 

慌てて店に猛ダッシュする父なのでした。

 

 

おしまい。

 

 

 

 

さて、このとき

彼女はなにに怒ったのかというと、

プラモデル自体ではなく、

父がプラモデルを買ったことにより、

家計が圧迫され、

自分の服を買う余裕がなくなったこと。

 

 

あっちをやれば、

こっちができない問題を、

トレードオフ」と言いましたが、

 

 

機会費用」とは

トレードオフの関係において、

ある選択をしたときに、

選ばなかったほうから得られたであろう

価値や満足のこと

 

 

家計を握る母の満足は

プラモデル < 自分の服

なのでこの選択に怒り狂うわけです。

機会費用がでかすぎるから。

 

 

父にとっては、

 

鬼と化した母は

プラモデルで得られる満足より

ずっと機会費用が大きいので、

返品しにダッシュ。

 

というわけです。

 

 

書きながら思ったのですが、

女の人が怒る原因って、

だいたいが機会費用に絡むことな気がします。

 

 

あー恐い。

 

 

以上、

機会費用」のお話でした。

 

 

賢い読者の皆さんは

「父ちゃんは自分の小遣いで買ったのでは?」

と思ったことでしょう。

母ちゃん関係なくない?と。

 

 

しかしながら、

多くの女性はこう考えています。

 

「そんな小遣いがあるなら、

私に服を買うべき」

 

いつのまにか、

彼女の問題になってるわけですね。

 

 

俺のものは俺のもの。

おまえのものも、俺のもの。

 

 

まさにジャイアニズム。

これは経済学で説明できるのか。

 

 

あー恐い、恐い。

 

 

 

 

 

 

 

ぐうたら男と世界経済

 

 

 

経済学の基本のキ「希少性」のお話。

 

希少性とは何かって言うと、

ものには限りがある

ということ。

 

 

とある男の話。

 

腹が減ったが家には何もない。

でも今、男はテレビをみている。

スーパーに行くべきか。

 

 

時間は有限

TVをみるのと買い物を

同時にこなすことは不可能だ。…①

 

 

この男は空腹を満たせれば良いので、

別な一手を考える。

宅配ピザ。

これならTVをみれるぞ。

 

 

ただ、宅配ピザは少々高い。

彼の昼飯予算は300円。

宅配ピザは1200円。

差額900円だ。

 

 

彼の財布の中ももちろん有限で、

いま、1500円しかない。

オーダーできないこともないが、

今夜、カラオケに行く約束があった。

予算は1000円。

これでは行けなくなる。

 

 

うーん…と悩んだ末、

彼はピザ屋さんに電話し、

友人に断りのLineをいれた…②

 

 

当然、友人からは

「ふざけんな!」

というLineがきたが、既読スルー。

 

 

横たわってピザをつまみ

TVをみる、至福顔のぐうたら男。

 

おしまい。

 

 

 

あっちをやれば、

こっちができない問題には

誰もが直面する。

幼児でも大人でも。

毎日、というか毎分、毎秒。

 

 

 

この問題のことを経済用語で

トレードオフ」という。

 

 

①では時間の制約、

②ではお金の制約にこの男は悩む。

 

 

何に悩んでいるかというと、

最も満足のいく選択はなんなのか

ということ。

これを経済用語で、

効用の最大化」という。

 

 

彼にとっての「効用の最大化」は

家でぐうたらすることだったわけです。

友達に「ドタキャンかよ!」

とキレられるよりも。

 

 

話をまとめると、

 

モノゴトには希少性があり、

それはそれぞれトレードオフの関係で、

人々は効用の最大化を目指して選択する。

 

ということ。

 

「希少性」があるから

経済が存在するので、

逆に考えると、「打ち出の小づち」

なんか存在しちゃったら、

「希少性」がなくなり、

経済そのものが消滅するわけです。

 

 

経済の基本のき、

「希少性」のお話でした。

 

 

このぐうたら男も、

りっぱに日本、いや世界経済の

一端を担ってるわけですよ。

 

 

 

 

 

 

 

お盆休みですが…

clue zemiはお盆休みに入りましたが、

 

まだまだ宿題が終わっていないよ〜

なんだか不安だよ〜

 

という方も多いはず。

 

そんなclue zemi生の皆さまは、

遠慮なくメールをくださいね。

 

cluezemi@yahoo.co.jp

clueyn@gmail.com(代表 永井直通)

 

夏休み中もビシビシ返信します。

 

 

また、clue zemiに通われていない方には、

学習相談や、いやーな作文のお手伝いを

「ココナラ」にて受け付けております。

 

こちら

 

全国各地からご利用いただけます!

こちらも年中無休!

 

 

 

 

2017-08-12 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

理屈っぽい

コーヒーを飲んでいると、

横でもめる親子。

夏休みの宿題が終わってないもよう。

 

 

大きな声で「自己責任」

を連呼する母。

 

「やる気スイッチがみつからない」

と号泣する娘。

 

 

なんのコントかと思ってみていましたが、

彼女たちは本気(マジ)。

 

 

子どもの権利とか、

子どもの意思を尊重する

という機運が高まっています。

 

 

これ自体に異論はありませんが、

権利と義務は表裏一体。

 

 

義務(宿題)を果たさない子は

当然、パニッシュを食らうのですが、

それを子どもの「自己責任」

とするのはおかしい。

 

 

経験がなく、判断ができないから

子どもは子どもなんです。

それは親が指導しないと。

 

 

権利を与えているんだから、

義務についても自己責任でしょ。

ってスタンスの人が多くなってきたけど、

私からはただの「放棄」にしかみえません。

 

 

子どもの権利を間違って解釈してないかと。

 

 

親も子も、

理屈っぽい人が増えてきた。

 

 

理屈を超越し、

「うっせー!やれ!!」

と凄めるのが

あるべき姿だと思うんだけどな。

(もちろん暴力じゃなくね)

 

ジャイアンの母ちゃんみたいに。

 

 

うちの母ちゃん怒らせると

ヤベーんだ。

と、思ってる生徒のほうが

成績がいいものです。経験上。

永井へのご連絡は  clueyn @gmail.com まで。

 

2017-08-09 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

鷲田清一さん

仙台が世界に誇る「メディアテーク」。

 

ここの館長は鷲田清一さん。

この方の考え方はおもしろいですよ。

 

clue zemiの勉強スタンスと

重なる部分がとっても多い。

 

鷲田さんの

とっても深いお話を発見しました。

これ。その一文。

 

 

「あれこれ教えるんじゃなくて、

子どもが自ずと育つ環境を作るのが

大人の仕事。」

 

 

 

塾としてどうなんだ!

と怒られそうな話ではありますが、

学校、塾にぶら下がりすぎな親が多い。

 

 

先生の言うことが絶対。

先生が手厚く合格まで導いてくれる。

 

 

そんなスタンスでいくと、

子どもは自分で

何も考えられなくなっちゃう。

 

本当の勉強っていうのは、

 

「このオッサンの言っていることは

本当かな?」

 

という疑いを持って授業を受けること。

 

気に入らないことがあれば、

「それはおかしい!」

と声をあげることだと思います。

 

 

それを授業妨害と捉えるか、

意義のあるものだと捉えるかは

その学校、塾のスタンスで

明確に分かれます。

 

 

大半は前者。

保護者が信奉しているのも前者。

clue zemiは後者。

 

だから生意気なガキんちょ(失礼)

ばかりで騒がしいから、

「ろくでもない塾」

なんて言われるんですけどね。

 

ただ我々は

これが子どもに与えるべき環境だと

思ってやっています。

 

この考え方の原点は仙台一高。

ここでは、

先生に食ってかかるのが日常茶飯事。

 

 

気にいらないことがあれば、

(例えば遠足をなくそうとするとか)

全校生徒で先生たちを潰しにかかります。

(もちろん暴力ではないですよ)

 

つまんない授業があれば、

もう少し改善しろ、と先生に申し出るし。

 

先生も

それをしっかり受け止める度量がある。

 

 

 

そんな場所が「塾」という世界に

見当たらなかったので、

つくってみたのがclue zemiなのです。

 

鷲田先生の考え方はほんとに

一致するんだよなぁ。

 

一高の人じゃないの?ってくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017-08-07 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

うんこドリル

うんこドリルが人気です。

 

 

眉をひそめる方も

いらっしゃると思いますが、

これは最高。

clue zemiのテキストにしたいくらいです。

 

 

さっそく全学年分買って熟読。

気づくとスタバでニヤニヤしてたり…

危ない、危ない。

 

まじめな出版社のまじめな参考書を

使わないと合格できない。

 

なんて言ってる人がいますが、

やる気のあるまじめな人は

それをやればいいし、

 

私のように、

まじめな参考書をみた瞬間に

アレルギー反応が出る人は、

うんこドリルみたいなのをやればいい。

 

どっちでも「漢字を覚える」

という目的は果たせます。

 

子どもにとって

勉強を苦行にするか

楽しめるものにするか。

 

親の価値観が問われるブツですね。

 

 

ちなみにうちの父親は

うんこドリルを発見し、

嬉々として(たぶん。いや間違いなく)

「これ知ってるか?」

という旨のメールをよこしました。

 

彼がこういうスタンスだから、

私自身も勉強を楽しめてるんだな〜

と思ったのであります。

 

うんこで盛り上がる

60代と30代親子。

それはそれで不気味ですけどね。

clue代表 永井

clueyn@gmail.com

 

 

 

 

2017-07-31 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

Rage against the 文学部廃止論

 

大阪大学  文学部長の

式辞が話題になっている。

 

これ

 

 

ここ最近、文学部への風当たりが厳しい。

 

というか、大学に入る前の

受験勉強の段階で、

いや、もう幼児教育の段階から、

文学は「無駄なもの」とみなされている。

 

医学部に入るためには数学だ。

大企業に就職するには英語だ、と、

 

子どもたちの忙しない毎日に、

音楽、芸術も含め、

文学の入る余地なんか全然ない。

 

でも、この学部長が言うように

文学は、

 

「直面した問題に対して、

考え抜くための手がかり」

 

になる。

 

これまで偉業を成し遂げて来た人、

または、

現在も第一線で活躍する人。

 

その人たちの中で、

 

本なんか読みません。

音楽も聴きません。

 

なんて人は聞いたことがない。

 

 

あの時読んだ一冊が、

あの時出会った音楽が、

状況を変えた。

 

という話をみんなしている。

 

それを無視して、

「文学は実益がない」なんて、

よくもそんなアホなことを言えるもんだ。

 

お前がもう一回勉強し直してこいよ。

という感じ。

 

 

塾という業界にいると、

 

「感情」は押し殺すべき。

とにかく無心。

機械的にこなせ。

 

という教育機関がほとんどで、

それにのせられる親子。

そんなのばっかり目の当たりにする。

 

確かにそれをやってれば受かる。

うちの塾なんかより

遙かに効率がいい。

 

でも、

あなたが社会人になって、

相手にするのは人間。

 

文学に触れたことのないやつが

人を幸せにするモノやコトを

提供できるかってんだ。

 

そういうものを提供するのが

仕事なのです。

 

感情の欠如した、

医者や弁護士、教師が出現し

トラブルも多くなっているけど、

 

こっちからみれば、

当然の結果。

 

あなたが今やっている勉強の

その先には、

必ず「人」がいるってことを

忘れちゃいけないのです。

 

 

と、

なんだか熱くなってしまい

お恥ずかしいのですが、

 

文学部廃止などと発言する輩には、

とっても腹がたっている。

 

というお話でした。

 

 

2017-07-25 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

方眼ノート

先日、ニッチャーさんが

持ってきていたノート。

 

 

 

 

 

日本の学校も、もっと方眼紙を

取り入れたらいいのに、と思うのです。

 

 

横線だけのノートって、

表現の仕方が限定されてしまうのですが、

本来、勉強は

もっと自由なものじゃないかと。

 

 

先生の真似ばっかりせず、

自由に、いわゆる「オレ流」に

考えるクセをつけないと、

なーんにも身につきません。

 

 

 

 

 

 

2017-07-24 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

作文・小論文講座

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文法だけじゃない。

おもしろく書くことが大事なんです。

 

 

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2017-07-23 | Posted in zemi, zemi columnNo Comments » 

 

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