塾の記憶 ー 金川カモメ

イラスト:金川カモメ

 

みなさんご機嫌いかが?
イラストレーターのカモメです。

 

雑記帳「ひらめきのタネ」に
何を書き込もうかなと考えていたとき、
いつも書き込みついての
お返事を書いてくれる
「メゾン木かげ」のオーナー永井さんは、

cluezemiという学習塾を
経営していることを思い出した。

clueの代表永井さんは塾の他にも
カフェなど面白いことを
いろいろされているので、
私はついそのことを忘れがち。

 

そんなわけで今回は仕事の話から離れ、
私の塾についての記憶をたどる。

 

私は山に囲まれた田舎で育ったので
もちろん近所に有名塾などなく、
高校生の時は一時期超ローカルな
学習塾に通っていた。

 

塾の先生は近所の家具屋のご主人で、
妹の同級生のお父上。

教室はその家具屋の2階。
生徒は私を合わせて5名ほどで
みんな同級生。
先生は理系だったので、
文系志望の私はおまけ程度の生徒だった。

 

そんな環境で塾の授業もゆるくて
テキストも特になく、
各自持ち寄った問題集を解きながら
わからないところを質問し
教えてもらうといったスタイル。

お察しの通りもちろんすぐに脱線する。

 

先生は洋楽が好きで、
たまに興が乗るとDeep Purpleの
「Smoke on the Water」などを
ギターで弾いてくれた。

 

その生徒の中に「ケンちゃん」という
MJ好きの男子がいた。
ケンちゃんは背は高かったが
伊東四朗に似ていたので、
みんなから「四朗」とも呼ばれていた。
MJとはみうらじゅん氏ではなく
マイケル・ジャクソンのほう。

 

塾のみんなで彼にアルバムを借りて
よく聞いた。
ちょうどMJが持病に対する偏見や
スキャンダルでお茶の間の餌食に
なっていたころだ。

 

塾の勉強が終わると
その家具屋の2階でケンちゃんは、
MJを口ずさみ

「ポウ!ポウ!」

と言いながら軽く踊っていた。
懸命にムーンウォークを練習していたが、
あまりダンスは上手じゃなかった気がする。
そして月日は流れMJは急逝した。

 

ケンちゃんはまだMJを好きでいるかな。
私は 知りたいような
知りたくないような気持ちでいる。

 


写真は地元の風景。帰省した時はいつも姪っ子と散歩をする

 


金川カモメのブログ

 

 


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