第1回 わらじーズの原点へ ー 高橋真美

 

はち切れんばかりの頬が目立つ、幼き著者

 

こんにちは。
8月末、夏休みも大詰め。
宿題や課題の完成に向けて
最後の一踏ん張りを
続けている方も多いだろう。

 

さて、前回「働くとは」を考えることが、
「生き方そのもの」について
思うことだと書いた。
それはまた、これまでの生き方が
現在の働き方につながっている、
ということでもある。

 

そこでこれから数回にわたり、
自分の根っこの部分を、
一度時計の針を巻き戻して
見てみたいと思う。

 

どんな “働く” につながる
見聞・実体験があって今に至るのか。
読者の方々も、
一風変わったその生い立ちの一部を、
一緒に楽しんでもらえたらと思う。

 

私の家族には、
教えることを生業としている、
つまり教師が多い。
父も、そのまた父も、
そして母の父もそうだ。

 

しかし小さい頃、
彼らの口から仕事の話を聞いた記憶がない。
それどころか物心つくまで、
なんと私は父が教える側ではなく
“教わる側” (ってことは生徒 !?)
と思っていたありさまだった。

 

そんなわけで、私は家族から直接、
彼らの職業について知ることは殆どなかった
(ちなみに母は役者の卵だった)のだが、
彼らが与えてくれたものが、
後々私の言語への興味や、
想像力を養ってくれる種になったのだった。

 

次回へつづく。

 

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2017年08月27日 | Posted in 余談Lab, 2足のわらじーズ | | No Comments » 

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