11.27の高橋さんへ

 

11.27の高橋さんのコラムについて。

 

「古文とかチョーだるい。意味ねーじゃん」

授業をやっていると必ず飛んでくる発言。

 

私も同じようなことを思っていたし、
紫式部に鼻毛を描いて喜んでいた
「ひくい」人間なので、
目くじらを立てる資格は全然ない。

 

資格はないけど、今だからこそ言える

「控えめなアドバイス」

ぐらいなら許されるんじゃなかろうか。

 

「〜ハック」と言われる
効率的な生き方だったり、
受験でもとにかく合格するために、
余計なものは全て「排除」するのがいい
という世の中の風潮。
そうすると行動や持っている知識が
それぞれにカスタマイズされてきます。
それはそれでいいのかもしれないけど、
一方でみんなの「共通認識」
みたいなのが失われちゃう。

 

共通認識が失われると、
みんなでゲラゲラ笑うこともできなります。
テレビがおもしろくなくなった、
とよく制作側に批判が集まりますが、
共通認識がない以上、
それをまず説明しないと
笑いが成り立たないのだから、
内容が薄くなるのもしょうがない。
吸収する知識を
制限してしまっている我々にも
大きな責任があるんじゃないか
と思うのです。

 

個人的には「タモリ倶楽部」や、
このHPの筆者のひとりでもある
モノマネ芸人中垣さんが出演した
「細かすぎて伝わらないモノマネ」
みたいな番組が大好き。

 

これらの番組は「当然知ってるよね」
という姿勢で攻めてくる。
だから内容も深い。

 

小中高の教科書を手に飯を食って
だいぶ経つわけですが、
それでもなお、
毎日「ほえ〜!」という発見の連続。

 

映画や本をみながら、

「あ、これ教科書に書いてあったやつだ」

とニヤけることもしばしばで、
点と点が結べたときの快感といったら
なににも代え難い。
この快感のために
教科書は存在するのかもしれませんよ。

 

 


2017年11月28日 | Posted in 余談Lab, 2足のわらじーズ | | No Comments » 

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