8.18 克子さんへ

 

8.18 克子さんによる雑記帳への書き込み
物の美しさを教えてくれる本」について。 

 

モノが充実していて、
一見何不自由なさそうな世の中だけれども、
自分の「モノサシ」を使えない場面が
増えた気がする。

 

利便性追求の結果か、

「これはこういう機能だから、
こう使ってください」

と製造側からルールを決められる、
「あるべき」論。

 

どうも何かを押しつけられるのが
嫌いな性分。
日々もどかしい思いをすることが
多々ありますが、最も痛感するのが
子どもたちと接しているときなのです。

 

もう、
ちゃぶ台をひっくり返したくなることが
頻繁過ぎるほど頻繁に。

 

例えば、算数、数学。

 

捉え方はたくさんあるのだから、
各々やりやすい方法でやればいいと思う。

 

いくつかのルートを提示するのだけど、
「学校のやり方と違う」の一点張り。

 

最初、「なんだ、こいつらの頭の固さは」
と思ったものですが、のちに原因が判明。

 

ある日、学校の先生が教えたのと
違うルートで答えたら
減点された生徒がいたのです!
もちろん正答を出してるのですよ。

「先生、嘘つきじゃん」

と私が責められ…。

 


私からみれば、彼の答えかたの方がきれい。

「おい、寝ぼけてんのか?って
担任に言ってやれ」

と、アドバイスをしたのですが、
さすがにそれは現実的ではなかった。

 

学校に逆らうと、内申点を下げられるという
恐ろしい時代です。

 

それを逆手に、「あるべき」論を押し付ける大人。

 

子どもの「創意工夫を伸ばす」って
スローガンはどこ行った?
と思うのです。

 

自分なりの工夫をしないと、
自分のモノサシは作れません。

 

克子さんが紹介してくれた
“おじいさんの封筒” をみせても、

「コンビニで買えばいいじゃん」

といわれそう。

 

でもそれは、子どもが悪いんじゃなくて、
そういう環境を与えられない大人の問題。

 

そこを打破しなきゃな、
というのがclueの活動です。

 

 

2017年08月22日 | Posted in 余談Lab, お返事, ひらめきのタネ | | No Comments » 

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