もうひとりの祖父 ー 檜垣裕美


 

2007年か2008年ごろに
知人の紹介でIさんに出会った。

 

Iさんは第二次世界大戦中に
ビルマで憲兵として
諜報活動をしていた人だ。

 

最初にお会いしたとき
90歳くらいだったかと思うが、
とても90歳とは思えないほど、
しっかりとした口調で話をして
しっかりとした足取りで歩き、
三つ揃いのスーツでビシッと決めていた。

 

年表や地図などさまざまな資料を
見せていただきながら、
母と知人とともに戦争体験を
聞かせていただいた。

 

祖父の話にも出てきた
地名なども出てきたが、
さらに詳しい話をしてくださって
戦地ビルマのことをもっと
知ることができた。

 

ライフワークとして
戦争体験記を書いていて、
体験についてはほぼ書き終わっているので、
あとはビルマの歴史についても
書くつもりだとおっしゃっていたのが
印象に残った。

 

戦友会に行くようになったのも
Iさんの紹介がきっかけだった。

 

その戦友会ではIさんのような
戦友だけではなく、
わたしのように親族が戦争で
ビルマに行っていた人、
戦史に興味のある人、
第二次世界大戦中に
アジア太平洋地域で亡くなった兵士の
遺骨収集をしている人が
月に1回集まって話をしている。

 

最後にIさんにお会いしたのは
4月下旬の戦友会だった。
戦友会では一人ずつ順番に話をするのだが、
そのときIさんは
ビルマの水かけ祭りの話をされていた。

 

水かけ祭りは1年で1番楽しいときで、
女性たちはアウンサンスーチーさんが
しているように髪に生花を飾っているのが
素敵だととても良い表情をして
お話しされていたのが印象的だった。

 

じいちゃんが元気だったら、
どんなにか喜んでIさんと
ビルマの話をしただろうね、
と母とよく話していたものだ。

 

今頃、空のうえで
二人で話をしているかもしれない。
Iさんのご冥福を心よりお祈りします。

 

※ミャンマー留学時代の話は次回します。

 

 


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