8.20の檜垣さんへ

 

 
 
おとなり韓国ほどではないにせよ、
「教育」「受験」
っつうものに、けっこう
目の色を変えている人が多い日本。
 
 
勉強がデキる人って、
やっぱり小さい頃から
塾行ってたんですよね?
習い事は?
英会話とかピアノとか?
 
 
いちおう私は「デキる人」に
分類していただいているようで、
(恥ずかしい。ほんとすみません)
ときどき私の歴史を掘り起こそうとする
親御さんがいらっしゃるけれど、
塾も英会話も行ってないし、
ピアノは通ったことがあるけれど、
足で弾いて即刻退学になったくらい。
 
 
じゃあ天才なんですね。
とややあきらめ顔で言われるが、
そんなはずはない。
だって、うちの高校は、
だいたいそういう人たちで
構成されていたから。
 
 
勉強時間はほかの高校生にくらべ
ずっと短くて。
じゃあ何をやってたのかというと、
音楽、映画、写真など
文化活動に勤しんでいた。
 
 
ライブハウスやクラブに行けば、
同級生がオンステージだったり、
授業中なはずの時間に
映画館の券売所で遭遇したり。
 
 
いま、こういう立場になって、
ありゃなんだったんだ?
と考えてみると、
「背骨を見出す」訓練を、
知らず知らずのうちにしてたのでは、と。
 
 
音楽、映画、アートは作者が掴んだ
本質を表現するもので、
受信者側も、作者がみている本質を
つかもうと前のめりになる。
 
 
勉強がデキる人は、どうやらこれを
勉強にも応用しているらしい。
 
 
教科書をポンと与えられ、
重要語句を片っ端から暗記しようとするのは
デキナい人のやり方。
 
 
デキる人はまず本質を掴みにかかる。
 
「まず背骨みつけてね」

という言葉をよく生徒にかけるけれど、
背骨とは本質のこと。
 
 
これさえ見つかれば、
ほかの人が1時間かかるところを
10分で終わらせられる。
 
 
勉強がデキるようにさせたいなら、
敵視されがちな音楽、映画、アートに
どっぷり浸からせるのがいいかもしれない。
 
 
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です