外国で暮らしてみるということ ー 青山佳世

 

さて、前回・前々回と2回にわたって
少しスウェーデンのことを書いてみた。
今回は私にとって、外国で暮らした経験は
一体何だったんだろうということを
振り返ってみたい。

 

常識も文化も景色も気候も違う国で
育った人たちと自分の
大小様々な価値観の違い
聞いたこともない慣習、
見たこともない景色
体験したこともない気温
(スウェーデンならでは!)。
そういった経験は、
想像力の幅を広げてくれたように思う。

 

それはクリエイティブなことをする時の
想像力というより、
自分と違う人の考えや状況を、
理解できるようになるような想像力だ。

 

(余談だが、そのことで私の場合は
    弊害もあった。
 のちに働いた日本の会社で、
 「普通に考えればこうでしょう!」と
 何度か怒られたからだ。
 つまり、普通がよくわからなくなったとも
    言える。)

 

他にも、現地に暮らしていた間、
自分にとっての日本って何だろう、
ということを、すごくいろんな方向から
考えさせられた。

 

例えば日本に一時帰国をするたびに、
新たな発見があり
こういうことが日本独特だな、
と思うことで
相対的な日本に対する自分なりの感覚が
少し輪郭を帯びたような気がする。

 

外国に暮らすということは、
自分の価値観を築いていく中で、
視点が増えたり
想像できることの範囲が広まったり
点が線になって、それが面になるような
そんな感覚が持てたことが
とても貴重だった。

 

機会があれば、また外国に住みたいし、
機会がある人には、
心からおすすめしたい。

 


「KAYO AOYAMA」Web

 


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