11.5の増田さんへ

 

 

11.5の増田さんによる
「ひらめきのタネ」への書き込み
<続>食の記憶から垣間見得ること
について。
 
 
「東北の食べ物はおいしいよね」
県外からいらした方に言われると
ハナタカダカになります。
 
 
なる一方で、東京には
たくさん店あるじゃーん。
もちろんおいしい店も。
なんて返すのですが、
たしかにあるけど、
東北は「安く」てうまい、

と。

 
 
増田さんの書き込みを読んで
「なるほど!」

とおもったのが、

東北の料理ができた背景。

「あまり豊かではなかった」

というところ。
 
 
豊かじゃなかったから、
おいしいものができる。
逆説的な話ですが、
そこには、
ないならないなりの工夫があった。
 
 
例えば仙台の牛タン。
今でこそ週末は大行列が目撃されますが、
もともとは捨てていた部位を
なんとか食えないかな、と始まったもの。
 
 
さらに牛タン定食には牛タンのほかに
麦飯、テールスープがつきますが、
麦飯も白米が
手に入らなかったことの名残と、
これまた捨てられていたテールを
なんとか料理にしたという流れで。
 
 
これをめがけて全国各地から
人が押し寄せるというのだから
不思議なものです。
 
 
勉強に置き換えてとらえますと、
最近の学生さんとその親御さんは
場所や環境に対して神経質になりすぎです。
 
 
どこどこの塾だ、なんとか高校に入らないと
大学には行けない…などなど。
当然そんなもの都市伝説。
 
 
さらには、その塾に入ったのに
合格できないのはなんでか!
と詰め寄るひともいるとか。
 
 
銀座に出してもやり方に工夫がなければ
店は消滅するのと同じ。
山奥に出店しても工夫次第で
繁盛店になるのと同じ。
 
 
どこにいようと、どんな環境であろうと、
勉強はできますし、工夫次第で
過疎地から東大にだって行けるはずです。
要は考え方。
 
 
さて、前述した仙台の牛タン。
捨てていた部位だったはずなのに
いまや高級食材。
 
 
定食は10年くらい前より価格が2倍。
仙台人も(だからこそ?)そう簡単に
食べれる代物じゃなくなってきています。
 
 
時空を超えてものの捉え方が変わった。
ということでしょうか。
 
 
 
 
 

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