12.4の増田さんへ

 
 
12.4増田さんによる
「ひらめきのタネ」への書き込み
動き出す街の音 ” について。
 
 
本当に中心街に住んでいると、
地震があったことを忘れてしまうほど
生活は「普通」になっています。

 
NHK宮城では、毎日「震災を忘れない」
という内容の番組が流れていますが、
どこか他人事になりつつある自分がいて。
 
 
でも、家から10分車を走らせれば、
そこは被害の大きかった沿岸部。
いつ終わるのだろうか、という
大規模な工事が行われています。
 
 
地震から数年経って、
当時よりも顕著になってきたなと
感じるのが「価値観」の違い。
 
 
価値観の違い、というと
モー娘が好きなのかAKBなのか、
JazzなのかRockなのかとか。
マックが好きなのかモスなのか、
ZIPなのかめざましテレビなのかとか。
 
 
そんなことしか思い浮かばないのですが、
こういうのは
男女の別れ話に結びつくことはあれど、
生死の選択に関わるものではありません。
 
 
しかし、この護岸工事をはじめ、
最大限の対策をすべきという意見や
それに対して、
そこまで備える必要があるか?
という意見の違いは、
まさに生死に関わる価値観。
 
 
前者にしてみれば、
一人でも犠牲者を出したくないという
思いがあるのだろうし、
後者は自分の育った場所を捨ててまで、
美しい景観を捨ててまで、
何百年に一度の災害に備える必要が
あるのかと。
 
 
世の中には「正しいやり方」という
フレーズがあって、
特に塾や学校なんかはこの表現を好みます。
しかし、そうやって教育を受けていると、
モノゴトは「正しい・正しくない」で
全て判断できる。
と勘違いして生きていくのでは?
 
 
「このやり方で、
   と学校の先生が言っていた」
「だからあなたの言っていることは
   間違いだ」

と生徒に言われることがあります。
 
 
そういうやり方もあるし、
別なやり方もある。
あとは好みの問題だ。
 
と伝えるのですが、彼は不満そう。
 
 
復興工事の話も含め、
世の中ははっきりしないことだらけ。

「ちゃんと!」とか「きちんと!」

という言葉を使う前に、

そういう定義が適用されない場合がある
(個人的には全てに
   適用されないと思っている)

を教えるべきではないかと
思うのであります。

 
 
 

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