12.22の檜垣さんへ

 

12.22の檜垣さんのコラムについて。

 

話しかければ、
まるで「ほんやくコンニャク」かのように
翻訳してくれる機械が売れているようです。

 

それを知った生徒の一人が、

「んじゃ、英語なんか
   やんなくていいじゃん!」

なんて。

 

「たしかにね〜。
 まぁでもやってください」。

と濁してはいますが、
本心は少し違うところに。

 

「学校で習う英語」というのは、
けっこう謎な存在で。
教科書通りに訳さないとペケされます。

 

例えば、

My bike was broken by Tom.
(私のバイクはトムによって壊されました)

受動態の授業では、こう書かないとダメ。

(トムのやつが
   俺の自転車を壊しやがった!)

と書くと、ダメ。
受動態を理解していない!
なんてレッテルを貼られます。

 

学校で習う英語は形式通りにやるべきで、
表現を加えてはいけないものだと
いうことです。
(英語表現という教科書名なのに!)

 

表現の入り込む余地がないのであれば
英語はただ情報伝達のための記号なわけで。
なんだかこれって
とてもおもしろくありません。

 

テスト、って性質上、
致し方ないことかもですが、
英語へのファーストタッチがそれだと、
たしかに、翻訳機があれば
十分だと考えちゃいますね。

 

表現する楽しみを学べる授業が
増えればいいのにな、

と願うばかりです。

 

 


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