12.31のchon-muopたけうちさんへ

 

12.31のchon-muopたけうちさんによる
「ひらめきのタネ」への書き込み
お呪い お祝い ” について。

 

この歳になるまで、四谷怪談のことを
ほとんど知らずに生きてきました。
日本人として
大変恥ずかしいことではありますが、
これも極度のビビリ屋ゆえ。

 

先日訪れた江戸東京博物館で
四谷怪談のコーナーがあり、
初めて「お岩さん」とはなんたるかを知り、
大変胸を打たれたわけであります。

 

上京すると、江戸東京博物館をはじめ、
文化的な施設に立ち寄ることが
多いのですが、
最近気になっているのは落語。

 

落語には生きる上で
大事なエッセンスが満載

とどこかで聞いて以来、
iPhoneでもよく聞くようになりました。
ミーハー感満載ですみません。

 

これまで落語に対しては、

「同じ話をそれぞれがする必要が
   あるのか?」

と思っておりました。
昔話みたいなものだと考えていて。

 

例えば桃太郎はどこまでいっても桃太郎で、
そんなもの誰が読んだって
桃太郎じゃないかと。

 

でも、落語ってそういうものじゃ
ないんですね。
演者の「視点」というのが入る余地がある。
それぞれ全く違うものになるわけです。

 

きっとこの四谷怪談もそう。
たけうちさんが演じるのは、
なんてったって
シンガポールヴァージョンですから。

 

演者の視点が入ると、急に物事は
新鮮ピチピチなものに変わります。

 

ここで勉強について検討してみますと、
多少の差異はあれ、やることは毎年同じ。
なんだか私が抱いていた
落語に対するものと同じような。

 

さらにそれを学校や塾では

「先生がやった通りにやりなさい」

と言われます。
だから勉強はつまらない。

 

もっと演者(生徒)の視点を入れる余地を
どんどん増やしてあげれば、
勉強は新鮮ピチピチ。
とっても楽しいものになると思うのです。

 

 


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