通学路 ー 増田拓史

 

年末は久しぶりに埼玉県狭山市へ帰省。

 

駅から続くこの道は高校時代の通学路。

 

途中の入間川に架かる
新富士見橋という橋は、
その名の通り川越しに
富士山が綺麗に見ることができる場所。

 

特別な場所ではないけれど、
この景色を見ると狭山っことしての
アイデンティティーのようなものを
感じてしまいます。

 

 

思い起こせばこの通学路を
颯爽と自転車で通っていたのは
15歳の夏まででした。

 

その後はなんとなく足も重くなり、
1学年修了と共に自主退学。
退学した後は主に現場仕事をしていて、
早朝に通っていたのもこの橋。

 

なんてことを思い出しながら
テクテク歩いてきました。

 

高校はどうなったかというと、
通信制高校に編入学していて、
ゆくっり時間をかけて
22才? 23才?でようやく卒業しました!

 

多少の社会経験を経ると、
三角比とか加速度の計算とかが
やたらと楽しい。

 

言い方がなんですが、

稼げる知識だ!

ってなるわけです。

 

それから通信制高校では毎月数日だけ
スクーリングと呼ばれる
教室での授業があって、
一応自分のクラスもありました。

 

今振り返ってみても、
その時のクラスメイトがまたすごい。

 

元々はヤンキーだった奴から、
元いじめられっ子・いじめっ子、
オタクから芸能人、
それから伊勢湾台風を体験したマダム。
10台から70台の老若男女が勢ぞろい。 

 

こんなクラスメイトと過ごして
並大抵のアイデンティティーが
生まれないわけがない。

 

この2校目となる通信制高校では、
ほんとに多くのことを体験し
学ばせてもらったと
いまでも感謝しています。

 

通信制高校とか定時制高校って
「学歴派」から見たら
劣るのかもしれないけれど、
人としてものすごく
豊かな体験をすることができたように
思えます。

 

この時の体験があったからこそ、
今日も豊かな気持ちで
生活できているのでしょう。

 

 


2019年01月19日 | Posted in 余談Lab, ひらめきのタネ, 美術家 増田 拓史 | | No Comments » 

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