イワン少年は救われなかった/「僕の村は戦場だった」 ー 大場 綾

 

前回取り上げられていた
「アレクセイと泉」。

 

すごいというか、人生観が変わるというか、
そんな至高の作品が克子さんから出てきて、

もうあがり!

という気持ちでいっぱいになりつつ
バトンを受け取った。

 

ロシアつながりで、
アンドレイ・タルコフスキー
「僕の村は戦場だった」を。
振り返ると8回中戦争を扱った作品が4点。
偏ってしまった。

 

 

モノクロだから
第一次大戦の話かと思ったら
第二次のほう。

 

観るのは初めてではなく
10年か15年ぐらい前に一度観た。
なのに記憶と相当違っていて
ポカーンとした。

 

記憶では、すべてを失った主人公の少年が
野生児どころか野獣のように
生き抜こうとする姿が
たくましく眩しかった。
日本の子供…というか日本の映画で
こういう子を見たことないなあ、
どっちがいい悪いではなく、
コテコテの日本人である私には
想像もできない人間像が
よその国にはあることだなあと、
目の前が開けた気持ちになった記憶がある。

 

今回観て、主人公イワンの睨み付けてくる
目力の強烈さは記憶どおりだったものの、
冒頭ではキラキラの田園風景をバックにした
笑顔の美少年だった。
折々にさしはさまれるのは
母との幸せな時間の記憶。
たった一人で
戦場を生き抜こうとする姿には、
たくましさよりも痛ましさを感じた。

 

登場する大人たちは
少年に対して手加減なしで、
そこも土地が違うと違うなあと感じた部分。
今回観るとそうでもない。
安全なところへ行かせようと
腐心する心優しい軍人たちだった。

 

15年前の私は何を観たのか。
自分の記憶のいい加減さを学んだ。

 

いやそうじゃなくて。
戦争が、絶対的に弱い者たちから
まず奪うということが学べる。
大人たちは結局誰も彼を守れなかった。
弱い者が強くなろうにも限度がある。
弱いままでいられる世界がいい。

 

尚、終盤で突然
実際の遺体映像が出てくるので
初見の方はご注意を。

 

 


大場 綾ブログ「kusamura.com」

 


2019年06月13日 | Posted in 余談Lab, 大場綾, 映画に学ぶ | | No Comments » 

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