教養とは ー 真子みほ

 

美術に対して

「私は教養がないから」

と壁を作る人に時々出くわします。
そんな時、はて教養とは、
と考えずにはおれません。

 

一般的に教養はある一定の知識を得ることと
捉えられています。
確かにそれはあるのですが、
じゃあその一定のラインってどこにあって
誰が決めてるんだってなりますよね。
分からないから怯えてしまう。

 

今のところ私の中で
1番良い答えを示してくれたのは
フランス文学者の渡辺一夫です。

 

『人間模索』
(講談社学術文庫、1976年)内の
「教養について」という章のなかで、

「他人を、自分のことだけしか
    考えられないような窮地に
    陥れないようにすること、
    他人を、その自我の奥底で
    尻をまくるような土壇場へ
    追い込まぬようにすること、
    これが「教養」だと思います。」

 

「こうした倫理を事ごとに実施できる
    人間の精神的態度」

 

「さまざまな知識を
   できる限り吸収しながら、
  (我々)危うい人間のことを反省し、
   かつこうした人間が
   共同生活を営む場合には
   どうすべきかを念頭に置いて、事ごとに
   落ち着いて考えられるようにすること」

と書いています。
そのために知識と思考の積み重ねが
必要であると。

 

知識を得ることが
教養のゴールであるならば
それは実につまらなく無味乾燥で、
古典のあらすじを10分で知る!
みたいな本が出てしまうのも
宜なるかなですが、
人と人との共同生活への道筋と捉えれば
全ての知識経験はものすごく
面白いものに思えます。

 

私の場合は、美術を介して
世の中とコミュニケーションできることと
考えてよさそうです。

 

美術も教養ももう少し広く楽しく
自分に引き寄せていく人が
増えるといいなと思います。

 

 


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