恐怖心と関心。そしてその才能 ー 佐藤天翔

 

先日、とある女性芸術家の個展を
見に行きました。
その時感じたことをしっかりと
脳に刻みたいので文章に書き起こします。

 

彼女は「生」と「死」について、
そしてその「調和」を
描いていたように思います。

この「調和」こそが彼女が
「生」と「死」と向き合った末に
導き出した答えのようです。

 

何故、その様な死生観が形成されたのか。
彼女が祖母のお墓の上に生えた
雑草を抜いたとき、

祖母の息づかいが聞こえてくる感覚があり、
その時に初めて死を認識し
同時に死を怖いものと捉えたようです。

そして恐怖心があったからこそ
彼女は死について考え始め、作品を通して
向き合っていったのではないかと
思いました。

 

その末に彼女は

「人間の命は寿命を終えたら、
    宇宙に溶け込んでいくのかもしれない
 もしかしたら死は無と化すことではなく
    何かに溶け込んでいく現象に
    過ぎないのかもしれない

 生から死へ、消滅するのではなく
    より広大なものへと溶け込んでいく

 そう考えれば、私はもうこれ以上
    死に対して恐れを持つ必要がない
    死ぬことも生きることも
    同じ次元なのだ」

と述べています。
それが作品に表現されていて
評価をされています。

 

僕がこの個展で感じたのは、
それぞれの恐怖の中にこそ、
その人間の本質や才能が
あるのでは無いかと感じました。

彼女が死を恐れなければ、
死について考えたことは
無いように思います。

 

恐怖があるからこそ、
関心を持つことができ、
そこを考察する機会があったと。

自分自身が感じている一番の恐怖にこそ、
自分の関心が積めらていて、
才能が隠れているのではないかと
思いました。

 

さぁ、あなたの一番の恐怖は?
そしてその恐怖の中にある
あなたの一番の関心や才能は?

 

 


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