11.28のはしもとさんへ

 

11.28のはしもとさんによる
「ひらめきのタネ」への書き込み
いのちの着ぐるみ ” について。
 
 
授業をしていて思うのは、
やはりみなオンリーワンなんだな、
ということです。
 
 
生徒それぞれに癖があるのはもちろん、
講師それぞれにも癖があり、
隣のテーブルで
全く違うアプローチの解き方を
展開していたり。
 
 
clue zemiにはマニュアルがなく、
服装も自由だし、教え方も自由。
塾としての方針は

「楽しいこと」

ぐらいで、
守らなければいけないことはありません。
 
 
なんでこんな方法を
とっているのかといいますと、

「癖は癖のままでいい」

と思っているからです。
 
 
もちろん、
最終的に不正確になるような癖は
正す必要がありますが、
本人がやりやすい方法でやったほうが
結果として伸びることが多く、
ということは、
講師も多彩であった方が、
生徒の癖に対応できる可能性が
増えるのではないかと。
 
 
例えば、私はとんでもなく
字がきたないので、
計算も他人がみれば「は?」
という代物です。
 
 
当然小中と先生から手入れが入りましたが、
筆算の際に定規を使うと
それだけで集中力が失われました。
 
 
もちろんきたないと桁を間違えたり
よくないことが起こりますが、
きれいに書こうとしても、
集中が途切れ結果間違えます。
 
 
であれば、

「きたなく、かつ、正確に」

を目指せばいいのじゃないかと思い、
その努力(?)をしたところ、
間違いはなくなりました。
 
 
これは私の屁理屈だと思っていたのですが、
clue zemiにはガサツな野郎どもが多く、
とにかく字がきたないのですが、
彼らに対し、

「きたなくてもいいから、間違えんな」

というアドバイスを続けたところ
なかなか良い結果になりました。
 
 
一方で、

「きれいに書きなさい」

というアドバイスを聞いて
計算が改善した子もいます。
 
 
結果として当たってるのだから、
どっちが正しいとかないんじゃない?
というのが持論です。
 
 
無理に一般論に引っ張ることで
勉強が嫌いになる人は大勢います。
そうじゃなくて、
それをうまく使える勉強法を編み出す
お手伝いをしていきたいな、
と思ってclue zemiをやっているのでした。
 
 
しかし、着ぐるみとは…
恐れ入りました。
 
 
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です