おっさんという小学生男児たち/「刑務所の中」 ー 大場 綾

左:刑務所の外(サバイバルゲームでいい死に方をして喜んでいるところ)
右:刑務所の中(トイレから明り取りの窓を見上げているところ)

 

克子さんからのバトンは
「三十四丁目の奇跡」。
1947年のモノクロ作品だ。

 

94年のリメイク版を観ることができた。
クライマックスは裁判シーン。

 

アメリカ映画を観ていると
しょっちゅう裁判が出てくる。
特に裁判が物語のかなめとなる場合は
検察側も弁護側も口が達者で元気一杯、
バチバチに舌戦を繰り広げる様子は
まるでスポーツだ。

 

むかし一度だけ裁判を傍聴したことがある。
傍聴が趣味という人に誘われて、
まさにスポーツ観戦気分で裁判所に行った。

 

後味が悪くない方がいいねと
選んだ窃盗事件の刑事裁判は、
どんでん返しもなく
事務仕事的に淡々と進行し

(若い男性の検察官だけは
    口角泡を飛ばして熱かった)、
すんなりと、言うたら地味に終わった。

 

それはそれとしても日本映画の裁判シーンは
地味なものが多い気がする。
国民性の違いもあろうが、
アメリカの裁判官が
「静粛に!」とか言って鳴らす
ゴングみたいなハンマー、
「三十四丁目」にも出てきて
ガベルというそうだが、
あれがないのが大きいはず。
知らんけど。

 

地味でも派手でも
裁判が終われば判決が出て、

実刑判決なら刑務所での服役生活が始まる。
「刑務所の中」はその生活を描いた映画だ。

 

原作者で主人公の
漫画家花輪和一さんの罪状というのが
趣味のサバイバルゲームが高じた
銃刀法違反というもので、
罪の質が少し変わっているからだろうか、
それとも漫画家の視点のためか、
仲間の受刑者は殺人犯や婦女暴行犯と
シャレにならないのに
内容はむしろのどかで愉快だ。
そして究極に地味。

 

山崎努をはじめとした渋い顔揃いの受刑者が
スープに入った春雨の量に一喜一憂する。
男性から社会的な属性を取り除いたら
小学生男子が残ったみたい。

 

しかし管理されたらされたように順応し、
判断力のない子供に
やすやすと戻ってしまう描写には
少し怖さも感じる。


大場 綾ブログ「kusamura.com」

 


2019年12月13日 | Posted in 大場綾, 映画に学ぶ | | No Comments » 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です