高田のまちの高田縞 ー 赤木美名子

 

新潟上越に移り住んですぐに娘を授かり
あまり山を下りない暮らしをしていたので
上越の都市部との接点がないまま
5年が過ぎた。

 

まずは上越でと思っていた
もんぺ製作所のお披露目。
上越は港町直江津と城下町高田と
都市部が2つにわかれていて
どちらにしようか迷った末、
雁木の街並みに魅かれて高田と決めた。

 

 

車で通りすぎるだけだった高田の雁木通り。
高田で生きる、役者のような個性的な
地元のひとたちを
知ることで、
高田のまちの見えかたが変わった。
色や匂い、まちの温度までも
感じられるようになった。

 

 

今は会いたい人たちが高田にいる。
高田の人たちの住処で
時間を過ごすようになってから

「昔は高田にも縞があった。
 何にも残ってないけれど」

と聞くことが増えてきた。
それは誇らしげに話してくれた。

 

江戸時代より織の技術から
地域ごとに特徴のある
多様な縞が生まれている。
15年前に息を吹き返した亀田縞も。

 

先日

「高田縞の最後の反物で
   作ったと思われるものがあるので
   見に来てください」

というメッセージを受け、
高田に向かった。
待っていたのは優しい色合いの
縞のスカートだった。

 

 

 

 

豪雪地で暮らす人々の知恵から生まれた
雁木を歩きながら
高田の文化や暮らしに根差した色合い、
高田の人たちをあらわす縞は
どんな縞だったのだろう、
ほかにも見てみたいと思った。

 

先週までは高田縞についての資料や
文献は残っていないと聞いていたけれど
諦めるのはまだ早いと
あるところに問い合わせてみたところ
高田縞の端切れを貼った
貴重な縞帳が2冊残っているとのこと。

 

高田縞はずっと待っている、
そんな気がしている。

 

「lineaとむすひ」web
「もんぺ製作所」

 


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