3.13の赤木さんへ
3.13の赤木さんのコラムについて。
もんぺに続き、竹細工。
なんだかこのまま
日本の伝統工芸を一手に
引き受けてしまいそうな感じの赤木さん。
おじさまがたをしっかりメロメロにしつつ、
技術を身につけているようです。
さて、
人は基本的に「教える」ことが
好きなんだな。
ということを、
この仕事を始めて理解しました。
もちろん、私は教えるのが好きで
この仕事をやっているわけですが、
教えるのが好きなのは私だけではなく、
授業をしていると隣の子に教えたくて
ウズウズしている子をよく発見します。
そんなとき、私はいったん黙ってみます。
「ねぇ、先生! 教えてよ! 」
と来るのかと思いきや、
隣のわかっていそうな子に、
「ねぇ、どうやんの?」
と聞き始め、相手も
「待ってました!」
とばかりに教え始めます。
私としては
嬉しいやらさびしいやらですが、
これぞ、勉強の本来の姿なんじゃないかと。
勉強の本質はコミュニケーションです。
吉田松陰の松下村塾も、
松蔭が直接教えるのではなく、
生徒同士が議論しながら学んでおりました。
近年は、偉い先生を
ありがたがる傾向にありますが
もちろんその人の話も大事でありつつ、
それだけの一方通行では
学なり難し、なのではないかと。
学問という素材を介して
コミュニケーションをとる、
ということこそ
「学び」だと考えております。
そしてこれが成立する条件として
「敬意」があります。
教わる側はもちろんのこと、
教える側も相手がたに対する敬意がないと
コミュニケーションは成り立たず、
つまるところ、学びもありません。
国会だったり、なんだったりの
「ザ・平行線」をみると
やはりそこには「敬意」が欠如している故、
前進がないのかな、と思います。
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