母語について ー 真子みほ

 

最近、写真家の齋藤陽通さんの
ドキュメンタリー「うたのはじまり」
(河合弘樹監督)を観ました。

 

聾者の齋藤さんと
パートナーの麻奈美さんから
聴者の樹くんが生まれ、
歌が嫌いだった齋藤さんの口から
音、言葉、温度、動き、手触り
すべてひっくるめた子守唄が生まれる、
という、音楽ってこういうことなんだと
素直に思える内容でした。

 

昨年は日本手話と日本語の
バイリンガル教育をしている
明晴学園の番組を観たのをきっかけに
何冊か聾者に関する本を読んだのですが、

「手話は少数言語」、
「聾者は母語の異なる人」

と考えれば良いんだということに
気付いたのがうれしかったんですね。
「耳の聞こえない人」という、
聴者を基準とした欠陥を
先に言葉にしなくて良いんだと。

 

ただ、長年
劣ったコミュニケ―ション手段として
手話は禁止されてきて、
無理に「通常の」日本語の発話を
強制していたこと、
それがものを考える力や学んでいく力を
妨害していたわけです。

 

齋藤さんは著書の中で、

高校で初めて日本手話に出会うまでの
記憶があまりない、

と書かれています。
幼児の頃の母語、第一言語の獲得が
いかにその人の基礎になり
複雑な思考を鍛えていくために
必要であるかを痛感しました。

 

だからこそ母語を共有する周りの人と
たくさん話をしたり
本を読んだりするのは大事。
あとは英語ばっかり話題にしてないで、
学校の国語教育をちゃんとしてほしいなと
個人的には思います。

 

言葉を豊かに持てば
世界は映像や画像以上に
ものすごく広がりますし、
他言語への興味も膨らむし、
改めて出発点なんだなと
感じる今日この頃です。

 


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