言葉の扱い方 ー 土屋裕一

 

 

今、情報、意見、感想など、
世界がとてつもない量の言葉で
あふれています。

 

それぞれに力や方向性があって、
言葉の暴風のなかにいるようです。

 

ふと震災のときを思い出します。

 

ツイッターで情報収集を
一生懸命するあまり、
言葉の嵐に吹きさらされ、
心が折れてしまいそうでした。

 

そのときどうしたか。

 

触れる言葉に思い切り制限をかけました。
シャットアウトではありません。
そぎ落として、ギュッと絞る感覚です。

 

あのときは糸井重里さんの言葉にだけ、
意識的に触れるようにしてみました。
まるくて、やさしく感じられました。

 

詩人の長田弘さんの著書に
『なつかしい時間』があります。
言葉についてこんな風に書いています。

言葉むなしければ、人はむなしい。
語彙(ごい)というのは、
心という財布に、
自分が使える言葉をどれだけゆたかに
もっているかということです。
その言葉によって、
いま、ここに在ることが
生き生きと感じられてくる。
そういう言葉を、どれだけもっているか。
いまは、言葉の在り方というのが、
あらためてそれぞれの日常に、
切実に問われているときのように
思われます。

 

言葉に触れるとき、
その正解・不正解を見極めることは
とても大切なことではありますが、
自分が納得できるかどうか、
これもまた同じくらい大切です。

 


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