さゝまラボ(笹間で暮らす)/ HUMORABO(mu)

 

HUMORABOは3月後半から
早々に自主的ロックダウン中。

 

仕事の関係もあったので
結果的にではありますが、
静岡の山奥のもうひとつのお家に
疎開暮らしをしています。

 

こっちに来てもしばらくは
感染の可能性を自覚し、
お家で静かにしていました。
(念のため)

 

見えない恐怖に対しては情報こそが勇気!

と思っていたのですが、
今回の場合はそれだけでは
足りなそうですね。
もっと根本的な課題が
同時に存在するようにも感じます。

 

そして、そんなのんきなことを
言っていられる立場に
自分がいるということに、はっとして、
そのことについて考えてみました。

 

僕がいまこんな状況でいられるのは、
偶然でもない気がしています。
それは東日本大震災が
きっかけかもしれません。

 

2011年3月11日の当時、
僕は広告デザインの制作会社で
デザイナーをしていました。

 

あの地震で東京が揺れているときにも
しっかり会社のデスクで電話をしていて、
納期が翌日だったので
家にも帰らず徹夜で仕事をしていました。
交通機関は停止し
妻は歩いて家まで帰ったそうです。

 

会議室のテレビでは
クライアントが気仙沼が
火の海になっている映像を見ています。
後輩も一緒に働いています。
僕の指示がないと彼女は家に帰れません。
僕も会社からの指示がないと
クライアントを置いては帰れません。
それでも、より綺麗なデザイン、
クライアントが納得する
デザインのために働いていました。
そんなことが当時は社会人として
“ あたり前 ” だと思っていたんですよね。

 

でも、流石にちょっとは
“ 違和感 ” を感じていました。
でもそれは、“ 小さな違和感 ” でしか
ありませんでした。

 

その後、
震災後の南三陸へ行く機会をいただき、
僕の視野も少し拡がったように思います。
さらに転職、独立を経て、
静岡の仕事をきっかけに、
この山奥のお家を譲り受けました。

 

ここでは、“ 暮らすこと ” を学んでいます。
今はさらに、
“ 生きること ” を考える
機会にもなっています。

 

南三陸での学びは、
ヒューマンセントリック
(人間中心) な視点。
人の在り方を中心に、考え、感じること。

 

のんきな立場にいられる僕が
今できることは、そんな視点で今を感じ、
これからを考えることなのかもしれません。

 

ニュースやSNSでは
様々な情報や意見が飛び交い、
心を乱されがちですが、
自分を見失わずにありたいものです。

 

スマホから目を離すと、
季節は初夏になろうとしています。
まもなく新茶の季節です。

( 自身のinsatagramより:笹間の風景 )

 


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