家訓の話 ー yuri

 

「先を見るな。目の前の一枚を洗え。
いつか終わる」

これは、私が子供の頃、
よく父親に言われたことだ。

 

私は喫茶店をやっているが、
実家も喫茶店で、
今も父と母がふたりでお店をやっている。
私はそこで育った。

 

今も昔も、実家のお店は
たくさんの人に愛されていて、
それが故に、閉店後は無論
仕込みや片付けに追われている。
それがあまりにめちゃくちゃな忙しさだと、
子供だった私もお皿洗いに駆り出された。

 

ぼんやりとテレビを見ていると、
お店の方から母親がやってきて、

「ゆりー!手伝ってー!」

と叫ぶ。
その一瞬で、
テレビはちっとも面白くなくなっていて、
内容なんてちっとも頭には入ってこないのに
すがりつくように見ている。
いつまでたってもやってこない私に
しびれを切らし、

「早く来なさい!」

と怒られる。

 

しぶしぶ立ち上がりお店に行くと、
積み重なったお皿やグラスの連山が
私を出迎える。
その高さに対抗するように
海よりも深いため息をつく。
そんな不機嫌な私に対して、
父親の一言が、冒頭のそれである。

先を見据えて、効率を考えて、
大きなお皿と小さなお皿と、
グラスとに分けて洗う方が、
確かに正しいやり方ではある。

 

ただ、そんな先ばっかり見ていると、
自分がこの後
どれくらいの量のお皿を
洗わなければならないのかを
目の当たりにしてしまう。
そうすると、その膨大な量に、
心は簡単に打ちのめされてしまう。

 

自分の心を保つ、というのは、
何かを成すこと以上に
大変なことなのだろう。
正しいやり方かどうかは別として、
やれば終わる、ということは、
揺るぎない絶対の理論である。

 

日常に近道も必殺技もない。
でも、目の前の一枚を洗うことはできる。

 

いつか終わる。

 


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