いまその子のいる場所に立ってー小学校入学のとき ー nashinoki

 

この春、
弟の子どもが小学校に入学しました。

 

新型コロナウイルスの流行のことで
頭がいっぱいだった僕は、
近くに住んでいる伯父に言われて
そのことを思い出し、
遅ればせながら入学祝いを送りました。

 

そこに何か甥への言葉を
添えようと思ったのですが、
何を書こう。
もしかすると本人が
一生覚えているものになるかもしれない。
あるいはすっかり忘れてしまう
可能性も高いけれど、
そうかといって適当なことも書けない。

 

小学校入学おめでとう。

これはよいけれど、
その次は?
つい説教じみたことを
言ってしまいたくなる時もあるけれど、
ここにはそういうことは書きたくない。
もっと長い先を
見通すようなことが書きたい。

 

小学校に入学したら
こういういいことがあるよ、
楽しいことがあるよ、

というのは?
それもいいけれど、
親とのやりとりで
言われているかもしれない。

 

小学校ではこういうことが身につけられる、

といったことは?
その子はこの世を見はじめてから
まだ6年ほどで、
制度や仕組みに属して
能力を習得するというようなことは
まだ経験したことがない。
学校の可能性をそれだけに狭めたくないし、
効用の先取りのようなこともしたくない。

 

でも、だとしたら、
彼に何を言うことができるだろう。
考えようとすると、
僕は一度に、
とてもちっぽけな存在になって、
無限に広く、ずっと先へ続いていて、
まわりに何もない場所に
立っているような気持ちになりました。
そこはきっと、
学校というものをまだ経験したことがない、
その子の立っている場所です。

 

生きることの白紙に近い状態に立って、
その先を見つめてみる。
そこで言葉を探し、記す。
それは、
まばゆい光と、吹きすさぶ風の中に、
立つような経験でした。

 

すきなこと、たのしいことをみつけて、
おもいきりべんきょうしてください。

 

言葉は祈りにも似ていました。
そのとき僕は、別の誰かの人生を、
新たに生きるようにも感じたのです。

 

MAGAZINE 「TOTTO


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