変化球自分探し ー 真子みほ

 

この春は時間があったことで、
いつか整理したいと考えていたことに
手を出し始めました。
母方の曾祖父についてです。

 

この人は岩手の出身なのですが、
東京に出てきて戦後すぐ
宮沢賢治の研究を始めました。

 

同郷で3つ年上の、でも会ったことのない、
まだ評価も定まらない詩人を
研究するというのは
どんな気持ちだったのか、
なぜかすごく知りたいと思っています。

 

曾祖父自身も一応何冊か本を出した
売れない詩人であり、
戦後は、東京拘置所で死刑囚に
短歌や詩を教える篤志面接委員などを
していたようです。

 

私は彼の本を何冊か持っており、
時折手に取ります。
最近は死刑囚とのやりとりをまとめたものを
再読しました。

 

賢治作品には法華経の教えが
組み込まれているというのは
よく知られたことですが、
曾祖父もそれをつらつら
出してくるんですね。

 

そのあたりはどうにも
目が滑ってしまうのですが、
こんなふうに詩を伝えたり
獲得したりする人がいるということは、
やっぱり良いなと思いますし、
なにより、本を開けば会ったことのない
曾祖父に出会える気がして、
毎回嬉しかったりします。

 

自分の生きた証を残すために
ブログを書いていると言った
芸能人がいましたが、
書籍としてのモノを残してくれることで、
よりその過去の人間を
現在の私たちがのぞき込めるような
気がしています。

 

自分に近いと感じる人を探るのは、
自分自身を探るということです。
曾祖父も、同郷の詩人を見つめることが、
自身の立ち位置を
探る旅だったのかなとも思います。

 

手始めに彼が出していた賢治研究の
同人誌全200号の目録を作るべく、
古書店サイトで
少しずつチェックをしています。

 

 


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