初めて知ることー状況を含む言葉 ー nashinoki

 

5月の初め、どうしても必要があって、
遠くにいる家族に
言葉を送る機会がありました。

 

それは自分にとって、
初めての経験でした。
突然家族に大きな出来事があり、
しかし新型コロナウイルスによる
緊急事態宣言下、
感染者の多い地区を移動したばかりで、
僕は帰省することを諦め、
自分の言葉だけを届けることにしたのです。

 

机に紙をおいて、
鉛筆で書いてみようとするのですが、
気持ちが大きく揺れ動き、
ほとんど何も書くことができません。
出てくるのは、本当に単純で、短く、
凡庸な言葉ばかり。

 

やはり書くのは
やめてしまおうかと思いました。
しかし思い直し、
もう少し気持ちを落ち着けて、
時間をおいて眺めるような、
より整った文を組み立てようとしました。
でも書いてみると、
なんだか言葉が
現実から宙に浮いてしまっている。

 

それに気づいて、
僕は下手な言葉を
書き切ることに決めました。
たどたどしくしか書けないことには、
自分と言葉を向けられた人との距離、
ウイルス感染症の流行に遭遇した社会状況、
そういうものが全部含まれている。
それをそのまま届けたい。
それが今の本当の言葉だと思いました。

 

書き終えると、
送付の手続きをして、
そっと言葉の行く先に、
思いを巡らせました。

 

言葉は僕の手を離れ、
遠くへ飛んでいきました。

 

他のどんな文より、
下手な言葉の方が必要な場合があることを、
この時、僕は知ったのです。

 

MAGAZINE 「TOTTO


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