運命と選択の自由 ー はしもとみお

 

得てきたものは、
全て運によって手に入れたものだ。

 

自分の努力で勝ち取るとか言うけれど、
努力とはそれができる環境を
与えられた人間のみが
行える習慣だったりもする。

 

木材も、その木、その木で
持っているものは違う。
天然素材は、まさに生まれながら
環境も違えば育ちも違う、
一つとして同じもののない塊だ。

 

もちろんいい材は、彫っていて清々しいし、
いい彫刻になり得る。
一方クセが強く彫りにくさを
感じる材もあり、木も十人十色なのである。

 

まっすぐ育った素直な材は彫りやすいが、
彫りやすいが故に
真面目なものができてしまって、
人を惹きつける何か力のようなものが
足りない彫刻になったりする。

 

クセのある木は
こちらも格闘しながら臨むので、
いい味わいを持ち、
思いもよらない面白さを
与えてくれる場合もある。

 

その場合、
どちらの木が運が良かったか、
なんてナンセンスである。
持ち味は、比べるものですらないからだ。

 

これは木だけでなく、
人にこそ言える物事のように思う。

 

皆、得ているものを比べたがる。
学歴、年収、身長、体重、
職種やポジション。
そんなもの比べても全く仕方のないものだ。

 

得てきたものは、
努力が習慣にできる環境にいた、
運命に他ならないし、
それが運が良かったのか悪かったのかも、
その人が死ぬまでわからないのだ。

 

むしろその人の失ったもの、
捨ててきたものに私は興味がある。
それこそが、運ではなく完全に、
その人自身の決断であるからだ。

 

人は、持っているものを捨てるときにこそ、
真の決断をする。
彫刻をやっているといつも思うが、
そのものの輪郭は、
削るもの、捨てるものによって
初めて浮き彫りになるのだ。

 

思うようにいかない、やりにくい人生でも、
決断して必要無いものは
思い切って捨てていけばいい。
運命で与えられた材で
勝負していくしかないのだ。
他者と比べると自分の持ち味に気がつかず
大切な部分を削ってしまう事にもなり得る。

 

必要あるものだけを大事に残し、
じっくりと取り組めばいいのだ。

 

生まれながらに与えられた材を
どう生かしどう仕上げていくか、
生きることと彫刻は
いつも日々重なって見て取れるから、
私は彫刻によって、
人生という壮大なものづくりの神秘を
いつも学ばせてもらっているのだ

 


「はしもとみおホームページ」


2020年07月16日 | Posted in 余談Lab, clue topics, 彫刻家 はしもとみお | | No Comments » 

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