古代への旅 ー Haluna 

 

先日、

「縄文にハマる人々:世界で最も美しい謎」

という映画を見てまいりました。

 

 

日本の歴史を年表に表すと
実はほとんどが縄文時代。
1万数千年も続いた時代なのに、
この時代については
あまり分かっていないそうです。

 

争い事が少なく、
主だった戦争がなかったのではないかとも
考えられていて、
1万年以上もそんな時代が
続いていたなんて、
もはや奇跡のように感じます。

 

縄文時代といえば、土器と土偶ですが、
これまたミステリー。
実用的とか合理的、
なんていう言葉を全く無視した形状。
私たちの価値観を当てはめようとすると、
全く理解できません。

 

土偶に関しては、人間なのか宇宙人なのか、
これまた不思議な姿カタチ。
私個人としては宇宙人を模した説を
推したいです。
縄文人はいろんな星の人と交流していた、
なんてとてもエキサイティング。

 

映画の中で、

「縄文のサスティナビリティは“停滞“です」

という研究者の方の言葉が印象的でした。
高度な技術を持ち、
交易などの形跡もありながら、
大きな発展を遂げることなく、
ただ自然の一部となって
イノチを循環する暮らし。

 

縄文時代は、今の価値観では測れない
価値があるのだそうです。
当時の他国の文明より
地味かもしれないけれど、
それは私たちの価値観で測っているから。
あまりに急ぎすぎる発展が、
確かにそこまで大切な事だろうかと
思いました。

 

この現代社会においては、
発展や拡大をし続けることや、
ものごとが合理的で実用的であることなどが
前提だったりするけれど、
改めて違う視点を持つ
きっかけになりました。

 

新しい時代は、そんな緩やかな視点も
大切なような気がしています。

 

 


Oriental Tea Yue 玥


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