実家の庭先でー歌うことと空間 ー nashinoki 

 

八月からいくつかの事情があって、
鳥取の実家で暮らしはじめました。
久しぶりの生活で
この間家族にも変化があり、
家の様子は
いくらか変わっているように思えました。

 

時々家の前に出て、歌を歌っています。
好きな歌のコードを探して、
おもむろにギターを鳴らし、
歌詞を口ずさむ。
そんな時間です。

 

以前よく弾いていたときには、
ギターの音と合わせて
心の中で歌っているだけだったけれど、
最近は不思議と声が出てきます。

 

家の庭先は
目の前の小高い山に包まれるように
緩く閉じられた空間になっていて、
もう一方には
田畑の続く穏やかな斜面が続いています。
そこで歌うと、いつの間にか
九十になる祖母も出てきて、
僕の前に座り
歌を聴いていることがあります。

 

すると、胸の内にあった何かが
ふっと外に向かって解き放たれ、
自分の気持ちだけでなく、
目の前の空間までもが、
変わっている気がしました。
そこには自分と祖母の気持ちの変化が
関係していたのかもしれないけれど、
それだけでなく、まるで空間そのものが
歌に反応したように思えました。

 

歌は人を楽しませたり
喜ばせたりする手前で
内側に抱えこまれた感情に重なり
それを一緒に外へ解き放っていく。
その手伝いをしてくれるのかもしれません。
しかしそれだけでなく、
解き放たれる以前に
心の内に抱え込まれていたものは、
外側にも染み出ていたように思います。

 

その場所を生きるものたちによって
空間はそれ自体変化していく。
そのとき歌は、
何らかの出来事によって変わってしまった
場所そのものに響き
変化させる力があるのかもしれない。

 

歌うことで、
僕はこの庭先の場所そのものと、
何かを通じた気がしたのです。

 

MAGAZINE 「TOTTO


2020年11月05日 | Posted in 余談Lab, 文を書く人 nashinoki | | No Comments » 

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