新しい本の山 ー 山﨑悠貴

 

ひらめきのタネ内で、
土屋さん永井さん
本についてのアプローチが変わったと
書いていた。

 

それを読んで、
我が読書人生を振り返った。
堪え性のない私は、
これまでずっと
自堕落な読書を続けてきた。
読みたいものを、読みたいだけ読む。
読みたいときに、読みたいものを読む。

 

そうすると、
どういうことになるかというと
家の至る所に本が詰まれる。
台所で何かを煮込むときの
ちょいの間に読みたい本と、
干からびそうになりながら
風呂で読みたい本は、異なる。
だから、居間、台所付近、
トイレ、脱衣所、枕元に、
その時々のトレンド(自分の欲望)を
反映した本の山が出来上がる。

 

自宅の本棚には、
権力争いに敗れた本が並ぶ。
二度読みの必要がない本、
しばらく読む気が起きない本などだ。
買って気が済んでしまった本も
ここにやってくる。
現在進行形で私を虜にしている本は、
本棚には来ないのだ。
欲望のままに読むスタイルが、
嘘偽りなく表れている。

 

しかしここにきて、
「自堕落な読書」以外の本に直面する。
必要に応じて
読まなければならない本が出てきた。
(学生時代も教科書を摘まみ上げるように接して、できるだけ読まずに来たというのに…)

 

読まなければ知識が足らない。
知識がなければ、深い話が聞けない。
突っ込んだ話を聞き出せなければ、
自分の存在意義が
がらがらどんどん、崩れて辛い。

 

億劫がる自分の尻を叩いて、
嫌々ながらも読み始めると、
全然知らなかった世界が啓けて
面白くなったりする。
とはいっても、やっぱり腰は重いのだが。

 

つむじ曲がりな好奇心と、
ほんの少しの義務感が同居した、
新たな本の山が出来上がっている。

 

お二人とは逆行するアプローチだけど、
それも悪くない。
本山の標高が上がった分だけ
知識が増えるのだから。

 

職場であるルオムの森には
おむすびブックス」という本屋が入っている。
幸せと散財の恐怖が同居した職場だ

 


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