山で木を伐る ー 山﨑悠貴

 

「熊のために(食料源として)、
ナラの木を残した」

という話を耳にした。

 

面白かったので、
会社のニュースレター
エピソードを引用したところ、
原稿チェックを頼んだ担当者から

NGが出た。

 

NGの理由は、
熊の食料源であることを理由にしたら、
山のナラは1本も伐れないから。
どうやら、聞きかじった話と違うようだ。

 

ことの真相を聞くと、
伐るのを迷ったナラは確かにあったそうだ。
伐りづらく、上の方には熊棚がある。
(熊の寝床は樹上に作られて
「熊棚」と呼ばれる)
その日、山に入っていたチームは
ナラを残すかどうかを話し合った。

 

結果、ナラは伐られた。
木そのものの価値、
この木を残した百年後を想像し、
いま伐って薪にすることにしたという。

 

熊のために木を残すという話は面白い。
でも、迷った末に
伐ったという話も面白いし奥深い。

 

私たちは、木を伐る。
木を伐って、
お金に換えなければ、生活していけない。
かといって、
無計画に伐れば資源はすぐ枯渇する。
木を伐り尽くした山の被害は、
計り知れない。
木を伐るという点では
一般の林業と変わらない。
違うとすれば、視野と時間の尺度の違いだ。

 

木があることで土砂崩れを防ぎ、
水源を保ち、
生物多様性を育むといった
たくさんの役割を山は担っている。
だから、山が持つ再生の力を借りて、
自然への負荷が少ない方法を探して実践する。
それは、たった1本のナラを伐る時にも同じで、
百年先の未来の景色を考えながら伐っている。

 

山の複雑な価値を知って価値化すること。
自分の世代では終わらない、
何世代にもまたがるような、
気の遠くなるような計画をもって。
この地域に生きる自分たちの未来を、
自分たちの手で選び、かたち作っていく。

 


写真は、二度上山の頂上から見た浅間山。
今更ながら、世間で話題になっていた
『鬼滅の刃』を読みました。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな」は名言

 


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