ビニール傘 ー 渡邉知樹

 

 

雨の日、コンビニの傘立てに
10本ほどの傘がささっていた。

 

ぼくはビニール傘を傘立ての
一番左上にさしたので、
迷わずそれを抜いて帰ろうとした。

 

傘の長さや柄の形、全体の汚れ具合など、
覚えていれば識別できそうだけど、
その時のぼくのビニール傘の
アイデンティティは

「傘立ての左上に差した」

ということだけ。

 

ところが帰り道、
さしてからしばらくして、
先ほどまでもっていた傘より
一回り小さいことに気付いた。
少し軽くなった気もするし、
そう気付くとなんとなく
柄の持ち具合が違う気もするし、
いや、たしかに違う。

 

一旦コンビニまで戻ろうか悩んだが、
たいしたことではないだろうと
そのまま家に向かった。
もし戻ったところで、
自分の傘がどれだか分からないのだし。

 

こんなことが起こると、
今後また同じようなことがないよう、
ビニール傘に名前を付けて
(固有性を与えて)
所有者としての責任感を持ち
大切に扱いたいと思ったりする。

 

しかしそれと同時に、
ぼくはビニール傘の
「誰かの所有物でありながら
なんとも簡単に他人の手に渡り、
旅を続けるような不思議な特異性」も
大事にしたいと思った。
個人の持ち物でありながら、
やんわりと社会で共有するような。

 

白と黒、右と左、正論と曲論、
わたしとあなた。

 

良くも悪くもなにかと
二局対立で語られがちな世の中で、
境界線が曖昧なビニール傘のような存在は、
なにかの救いのようにも感じられる。

 

日本では1958年にビニール傘が発売され、
かれこれ60年以上が経った。
初めは一般的な傘よりも
高価であったものが、
歴史の中でそのような立ち位置へと
変わっていった。

 

もちろん技術の進歩などで
ビニール傘の強度や品質、
価格などが変化してきたとも言えるが、
ともかく今の日本では、
良くも悪くもそれが
ビニール傘「らしさ」なのだ。

 


ブログ/渡邉知樹のぺぺぺ


2021年05月27日 | Posted in 余談Lab, ひらめきのタネ, 絵本作家 渡邉 知樹 | | No Comments » 

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