間違った登山 ー 永野純一郎(じぇい)

 

2021年子どもの日、
僕は新潟を旅していた。

 

能生ではヌナカワ姫の産所という、
日本の神話に関係する場所を目指した。

 

溶けきれていない雪が
道いっぱいに広がっているところへ出た。
僕は車を止めた。

 

車でいけば後10分で着くことができる。
GPSは圏外でもある程度
動くと思い込んでいたこと、
一本道で進めそうなことから、
僕は歩いて前に進んだ。

 

少し進むと木が倒れていた。
その先でも木が倒れていた。

 

 

1時間山を登り続けたが
辿りつく様子がない。
でも多分あともうひと越えだろうと
判断して前にすすんだ。

 

数10メートルにわたって
道が雪で埋め尽くされている場所に出た。
唯一通れそうなところは道が崩れていて、
しくじったら崖から落ちてしまう。

 

 

僕は前に進むことを諦めた。
下山中に「クソっ!」って
大声で3回ぐらい叫んだけど、
やまびこは返ってこなかった。

 

旅の貴重な1.5時間をロスした。
でもきっと何か意味があるのだろう……
と考えた。

 

前日まで瞑想キャンプに参加していて、
ヴィパッサナー瞑想を繰り返していた。
足の裏を感じながら
歩くパートを思い出した。

 

登山の道中は足元ばかりを
気にしていたので、
これは瞑想の続きか……と思った。
誰もいない静かな道を
雨の音を聞きながら歩き続けていた。
ほんとに瞑想のようだった。

 

下山し車を走らせると
何人かにすれ違ったので、
行きたかった場所について尋ねた。
3人目が場所を教えてくれて、
無事に辿りつくことができた。

 

僕はまったく関係ない山を
登り続けていたということがわかった。

 

瞑想的に、
今ココの自分や目の前のことに
常に気付いていれば、
間違った登山はしなかったのかもしれない。

 

「ひらめきのタネ」への
書き込みをし終わった時に聴いていた曲

アンディーヴと眠って
青葉市子

 

 


2021年06月04日 | Posted in 余談Lab, ひらめきのタネ | | No Comments » 

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