同時代の本 ー 真子みほ

 

先日、友人が好きだというので
朝吹真理子のエッセイ集
『抽斗のなかの海』
(中央公論新社、2019年)を
読んでみました。

 

朝吹作品は芥川賞を受賞した
『きことわ』(新潮社、2011年)
以来です。
読んでいるうちに
なんとも不思議な気分になって来ました。

 

書かれた話が不思議というわけではなく
(確かに前書きで記されているように「SF(少し不思議)」な話が多いけれども)、
書かれている場所も人名も出来事も
ほとんどすべて知っているという
不思議です。

 

2011年の震災のときのこと、
見に行ったパフォーマンス、
中高生のころの時代の空気、
どれもどこか私自身の
思い出につながります。

 

私はあまり同時代の小説を読まないし、
自分の世代以下の人のものは
ほとんど手に取っていません。
だから私と同じ世代の
朝吹さんを取り巻く世界が、
自分が見聞きしてきたものと
重なっているということに、
とても変な気分になったのでした。

 

もちろん同時代のエッセイは
読むこともあるのですが、

「同世代の小説家のエッセイが
雑誌やウェブ媒体などではなく
堅固な書籍という形になっている」

という体験が初めてだったようです。

 

同時に、私は本に対して、
なんとなく過去と未来への
永続性は感じながら、
現在という感覚を持たずにいたんだな、
ということに気づいたのは
面白い発見でした。

 

手持ちの本を繰り返し読んだり、
古本や図書館の本を読むことが
多かった私ですが、
新居の最寄り駅に良い本屋さんがあって、
最近は新刊も買うようになったので、
またそうした感覚は
変化していくのかなとも思ったり。

 

いつまでも本との関係性は
動いていくのですね。

 


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