映画であり、詩 /「話の話」ー 大場 綾

 

リック」を撮ったとき、
ブラッド・ピットは23歳。
若い。美しい。

 

しかしその顔はなかなか現れない。
黒いレザーの覆面を脱ぐのは
開始数十分後。
長い。

 

顔が出てからも引きの画面が多い。
撮りかたがねちっこくない。
なんだか品がいい作品だなあと思った。

 

BGMがクラシックの
名曲ばかりであることも、
その印象に一役買っている。
特にメインテーマなのだろう、
J.S.バッハの「G線上のアリア」が
何度も流れた。

 

そういえばバッハ、
映画の中でいちばん耳にする
クラシックなのでは。
中でも音楽と映像とが
もはや一体となって、
唯一無二の宝石みたいな映画がある。
ユーリ・ノルシュテインの「話の話」だ。

 

1979年、ロシアのアニメーション作品。
28分ととても短い。
よく「映像詩」という言葉で
紹介されている。

 

切り絵のコマ撮りという、
大変手間のかかる手法で作られた。
あらすじと呼べるストーリーはなく、
セリフもない。
いくつかの互いに関係なさそうなシーンの
反復で構成されている。

 

雪の中で青いりんごをかじる、
りんごみたいなほっぺたの男の子。
夜に踊る恋人たちと、
男たちを無機質にさらっていく戦争。
そして、住民が全員出て行った集合住宅。
あとに佇む小さなオオカミ。

 

一件の戸口からなぜか光があふれる。
オオカミが導かれるように入って行くと、
目もくらむ陽光に満たされた
海岸の草原の場面。
漁師の家族の一団が見える。
もっと遠くの丘なみから続く一本の道を
一人の旅人がゆっくり歩いてくる。
漁から帰ってきた漁師が
旅人を夕飯に誘う。

 

このシーンでバッハのピアノ曲が
場面を静かに満たす。
思い出せそうで思い出せない
夢みたいな場面だ。
ミノタウロスと女の子が縄跳びをする。

 

映画の映像というのは基本的には
内容を伝えるためにあるはずだが、
この作品では映像と
音楽そのものが主役みたいだ。
目と耳ではなく、
魂で観るための映画だと思っている。

 

観た後は、ジャガイモに芽が出ちゃっても
ちょっと嬉しくなるという効果もあります

 


大場 綾ブログ「kusamura.com」


2021年09月17日 | Posted in 余談Lab, 映画に学ぶ, 大場綾 | | No Comments » 

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