1.24のアグニュー 恭子さんへ

 

1.24のアグニュー 恭子さんによる
「ひらめきのタネ」への書き込み
運転手さんと3つのルール ” について。

 

受賞おめでとうございます!
イギリスから
こんな小説を放ってくるとは…
じっくり読んでしまいました。

 

さて、恭子さんが帰国して感じられた、
「システムも整いルール遵守も行き届いた」日本。
海外に住む友人も
やはりこれは「ありえない」こと
なのだそうで。

 

先日、近所のスーパーで友人と遭遇したとき、
彼はマスクをしていなくて。
マスク不要主義者ではなく、
ただ忘れているだけであることは
明白なのですが、

「おー永井さん!」

と満面の笑みで声をかけられたのですが、
もう私は目が泳ぎっぱなしで。
このとき頭の中にあったのは

「感染するかも」

ではなく、

「周りの人にどうみられているのだろう」

でした。

 

ものすごくつれない挨拶をして、
その場を去ってしまい、
その後まだ彼とは会えていないので
ずっとモヤモヤしています。

 

ここで急に勉強の話になりますが、
近年は昔ほど、

「勉強なんかしなくたって
生きていけるじゃないですか」

という「勉強なんかクソ喰らえ」主義者が
急減したように感じます。
(私もその主義者だったわけですが)

 

勉強するのは当たり前。
宿題・課題は学生の義務。

そう思っているようです。

 

しかし、彼らが青ざめながら
やっている宿題とやらを見ると、
はっきり言って「どうでもいい」ものが
大半でして。

 

特に受験を控えた中3、高3が
そんなものをやっていると、
私はちゃぶ台をひっくり返す勢いで

「いいから別のことをやって!」
「学校行かなくていいから勉強して!」

などとついつい叫んでしまうわけです。

 

勉強する目的はなんなのか。
今、多くの人が周りの目を気にして
やっているような気がします。

 

しかし、

「ルールだからやる」

という姿勢では伸びない。

「なぜそれをやるのか」

ということをしっかり考えて
勉強して欲しいと思います。

 

ただ…
日本の評価システムが
「内申点」にシフトしてきているので
先生に対し、
「なんだとこのやろう!」的姿勢は
NGといえばNGでして。
そのへんはうまくやってというほかない。
(もちろん私に対しては何を言ってもOKです)

 

従わせることが教育ではないと
思うのですがね。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA